| 「東京・小説」第一話 隈研吾 |
K なんと!隈さんの‘小説’です。
M これはオモシロそう!ネタのニオイがぷんぷんします。
K 発見!いきなり「自分の家が恥ずかしい」で始まってますよ。
【引用】
自分の家が恥ずかしい。どうも、すべてがそこからスタートしているような気がする。
建築という存在の形式自体が恥ずかしい。建築の輪郭を曖昧に融かしたい。つまるところ建築を消したい。この10年そんなことばかり口走っていた。言い回しは時の気分や、選択した建築の形式に応じて変化する。が、動機を突き詰めてみれば、いつも決まって自分が生まれ育った家に対する恥ずかしさへと当たる。M えーと「恥ずかしい」って何が?自分のこと?
K ようするに「建築家」は恥ずかしい職業ってことじゃん?確かにそうかもしんないけど。
M で、いきなり最後に飛ばしますよ。
【引用】
しかし実のところ最も嫌だったのは、自分の小屋の周りに広がる郊外という場所そのものである。郊外とは、建築を「作る」場所の別名である。都市にも田舎にも、建築は既にある。だから郊外は恥ずかしく、建築を作ることは恥ずかしい。
でも建築家は、その恥ずかしいことが職業である。恥をテキストで糊塗し、恥の上塗りをする。そんな日常を逃れるための、小説という形式である。K 最後までものすごい勢いで恥ずかしがっていますけんちくを。
M とにかく建築家は恥ずかしい、と。で、このどこが小説なんだ?これが前書きだったらいいんですがこのまま進んだらヤバイよ。
K エッセイですね。
M それならもっとエッセイみたいなタイトルにしたらいいのでは。「今夜も思い出し笑いby林真理子」みたいにさ。
K ああ、週刊文春でやってる連載ね。「格好良くて頭が良いステキなおともだち」として、タケヤマ氏ダン氏オオエ氏とともにクマ氏も出てくるよな。
M あれは良くも悪くもタイトルと内容がすごく合っているのです。しかし‘東京・小説’ではどういうつもりかさっぱりわかりません。
K ではこちらで考えてあげますか。「今夜も恥ずかしい建築」とか。
M 「いつも恥ずかしい建築家」とか。
K いっそ「私は恥ずかしい隈研吾」とか。
M それにしても、恥ずかしい日常から逃れるための形式が‘小説’ってどうよ。
K ごくフツウの認識からすれば、小説って大概恥ずかしいと思いますが。
M とりあえず、次回からどのように展開されるのかが期待されます。
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